長崎や バームクーヘン

おしらせ

長崎バウムクーヘンは1週間前からの受注生産体制で行っています。受注後、新鮮な卵や材料を使って製造します。必要な分だけ生産していますので工場内に前日までの商品は、ご予約品を除いて残っておりません。

焼き菓子ゆえに製造日より数日経過しますと味が浸透してさらにおいしくなります。
(10月~4月 賞味期限3週間)
( 5月~9月 賞味期限2週間)

【連載】洋菓子の本 第3回「シュークリームの由来について」


長崎からはじまった洋菓子の歴史 東京発の長崎バウムクーヘン・島田屋製菓 宮内庁御献上銘菓
■シュークリームの由来・歴史

「シュークリーム」という日本語は、フランス語でキャベツを意味する「シュ」と英語の「クリーム」をかけあわせた和製造語です。フランス語では「chou a la creme(シュ・ア・ラ・クレム)」と言います。キャベツと言っても、原材料にキャベツが使われているわけではなく、シュー生地を焼きあげたときの形が、キャベツの形に似ていることから、このようなネーミングになったようです。なお、英語圏ではシュークリームのことを「cream puff(クリームパフ)」と言います。

シュークリームを発明した人はわかっていませんが、16世紀頃にイタリアからフランスにシュー生地が伝わったと言われています。 1581年には、ドイツの料理人、マルクス・ルンポルトの著書に、シュー生地のようなものを使ったお菓子が登場しています。 1655年には、フランスのフランソワ・ピエール・ド・ラヴァレンヌの本に、はじめて「シュー」の名称が使われています。

■日本にシュークリームが伝わったのはいつか?

シュークリームが日本へ伝わったのは幕末あたりではないかと言われています。幕末に来日したフランス人、サミュエル・ピエールが、同時期に横浜で西洋菓子店「横浜八十五番館」を開店させていますが、明治15年、横浜八十五番館で働いていたパティシエ・谷戸俊二郎が米津風月堂(神田淡路町)に雇われ、その翌年(明治16年)に米津風月堂でシュークリームが販売されています。また、同じく横浜八十五番館で修行していた村上光保も、その後、自身のお店・村上開新堂(麹町)で、米津風月堂と同時期にシュークリームを売り始めていますので、日本におけるシュークリームのルーツは「横浜八十五番館」だったと思われます。


【第1回】 洋菓子の由来・歴史について
【第2回】 カステラの由来・歴史
【第3回】 シュークリームの由来・歴史
【第4回】 長崎堂について
【第5回】 シマダヤについて